大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成9年(ネ)3716号 判決

平成九年(ネ)第三七一六号事件控訴人、

同第三七一七号事件被控訴人

(以下「一審被告」という。)

姫路市

右代表者市長

堀川和洋

右訴訟代理人弁護士

髙谷昌弘

岡野良治

平成九年(ネ)第三七一六号事件被控訴人、

同第三七一七号事件控訴人

(以下「一審原告」という。)

甲野太郎(仮名)

甲野花子(仮名)

右両名訴訟代理人弁護士

宗藤泰而

渡部吉泰

吉田竜一

松重君子

山内康雄

山田康子

野口善国

古殿宣敬

亀井尚也

増田正幸

松山秀樹

本上博丈

松本隆行

平田元秀

白子雅人

主文

一  本件各控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は、三七一六号事件については一審被告の、三七一七号事件については一審原告らの各負担とする。

理由

一  当裁判所も一審原告らの本訴請求は原判決の認容する限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却すべきであると判断するが、その理由は次のとおり付加、訂正するほか、原判決の「理由」中一審被告関係部分のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決六三頁八行目の「同原告は、」を「一審原告太郎は、」と改める。

2  同六五頁四行目の「被告姫路市に対する請求」を「主張」と改める。

3  同六六頁四行目の次に行を改め、次のとおり加える。

「一審原告らは、一郎〔編注、原告太郎と花子の子、平成三年七月二八日死亡〕の風の子学園入園措置は、学校教育活動の一環であるとし、その根拠として、松夫〔編注、亡一郎の同級生〕が喝破道場に入所した際の事情、丙川中学校では愛護センターも協力して非行0推進運動を行っており、一郎、松夫の入所は、右運動の一環であったこと、また右両名に対して転校を勧めたことも同様であったことなどを挙げる。

そこで検討するに、前記認定の事実及び〔証拠略〕によると次の事実が認められる。

丙川中学校は、平成二年度から平成三年度にかけて兵庫県教育委員会から非行0推進研究指定校に指定されていたが、右は、地域ぐるみの非行ゼロ地域スクラム運動を目指し、同中学校の地域における二つの小学校、PTAを含めた地域の諸団体を併せて子供の健全育成を願う運動として姫路市教育委員会から同中学校へ提案され、行われることになり、具体的にはあいさつ運動などがあった。

また、門田指導主事は、前示のとおり松夫の母乙山竹子に対し、施設入所を勧め、風の子学園を当初紹介したが、松夫の両親が同学園入所を決定する前に一郎の同学園入所が決定したため、一郎とは別の施設に入所することをすすめ、松夫の父は、同主事から紹介された喝破道場に見学に行き、結局同道場に入所させることを決めた。しかし松夫が施設入所を拒否したため、門田指導主事は松夫に、同人が守れそうもない約束及び右約束に違反した際は、いかなる処分も受ける旨記載した書面に署名指印させ、五月一日、同主事及び吉川教諭は、松夫に右施設を見学すると称して松夫の父と共に右施設まで同道し、そのまま松夫は入所することになった。

さらに松夫、一郎が施設に入所中、同主事や同教諭から環境を変えるためとして転校を勧められ、松夫については転校の手続までとったが、結局両名とも転校をしなかった。

右認定事実及び前記認定事実をもとに一審原告らの主張を検討する。

非行0推進運動については、その趣旨から一郎、松夫らの問題行動を起こすグループもその対象になったことは推認できるが、愛護センター、丙川中学関係者が右運動の具体的な活動として両名の施設入所を、事実上にもせよ決定したと認めるに足りる的確な証拠はない。

松夫の施設入所の経緯についてみても、前示のとおり、門田指導主事らの説明がその大きな動機となっていること、松夫が入所することは非行グループと離れることになるのでも、同主事らが内々には望んだところであったことは一郎の場合と同様である。しかし、乙山竹子〔編注、松夫の母〕の証言によっても施設入所を決めたのは両親であり、入所に当たって松夫の父は喝破道場を見学し、野田大燈住職の話を聞いた上で最終的な決定を下し、松夫の入所拒否の対処について門田指導主事に相談した結果前記措置をとったのであって、松夫の退所時期も松夫の父が決定したこと、門田指導主事らも施設入所を勧めるに当たっては施設の見学、園長との面談を行っており、立ち直りのために相当な施設と判断したことが認められる。

また、一郎の風の子学園入園決定にあたって門田指導主事の説明が大きな動機となったことは前示のとおりであるが、一審原告太郎は同学園に事前に見学に行き、戊山〔編注、一審被告、風の子学園長〕にも会って話を聞いた結果自ら入園を決定したのであって、同主事が入園を事実上決定したとまで認めることはできない。

門田指導主事らが一郎らに転校を勧めたことは、一郎らを非行グループから切り離すためであったことが認められるが、右の事実をもって直ちに、一郎らの施設入所決定もまた学校教育活動の一環であると認めることはできない。

以上によれば、一郎の風の子学園入園そのものが学校教育活動の一つとしてなされたとする一審原告らの主張は採用することができない。」

4  同六六頁五行目の「もっとも、」から同六行目の「教師らが、」までを「前記認定した愛護センターの事業内容、丙川中学校との関係、門田指導主事及び吉川教諭の各担当職務等によれば、一郎につき風の子学園を紹介し、そこへの入所を容認した行為は、丙川中学校の生徒に対する生活指導教育の一環としてなされたものである(愛護センターの門田指導主事はその職務としてこれに関与した)ということができ、そうとすれば、右吉川教諭らが、」と改める。

5  同六七頁七行目の次に行を改め、次のとおり加える。

「一審被告は、風の子学園は、養育施設たる私塾であって、学校教育の場と異なり、学校教育以前の社会生活を営み、また学校教育を受ける素地を作るためのものであるから、学校教育を行う一審被告に私塾についての安全配慮義務はないと主張するが、中学校の生徒指導において、生徒に対する基本的生活習慣の指導も重要視されていること(〔証拠略〕)はいうまでもないところ、一郎は、丙川中学校に在学中であって、しかも、門田指導主事らは、風の子学園を教育上有益なものとして紹介し、坂口校長は、在園中、出席扱いとしたのであるから、一審被告の右主張は採用しない。

さらに、一審被告は、愛護センターは、人的、物的面で制約があるため、同センターにおける相談業務は、相談者に対する情報提供にとどまり、右提供した第三者に関する情報に関し調査する義務はないと主張する。しかしながら、門田指導主事の前記認定したような本件一郎の入園に関する関与の状況からして、単なる情報提供とはいえず、人的、物的面で制約があるからといって調査義務を免れるものではない。」

6  同七〇頁一〇行目の「請求原因5項(二)〈1〉Ⅰ」を「請求原因5項(二)(2)〈1〉Ⅰ」と改める。

7  同七二頁八行目冒頭「三」を「四」と、同七三頁末行冒頭の「四」を「五」と、同八二頁四行目冒頭の「五」を「六」に、同九二頁七行目冒頭の「六」を「七」と、同九四頁六行目冒頭の「七」を「八」と、同九五頁一一行目冒頭の「八」を「九」と、同九七頁一二行目冒頭の「九」を「一〇」とそれぞれ改める。

8  同七三頁九行目の「閉鎖され後」を「閉鎖された後」と改める。

9  同八一頁末行の次に行を改め、次のとおり加える。

「5 一審被告は、門田指導主事が一審原告らに風の子学園を紹介する直近の三年間に、四度も風の子学園について新聞に掲載されいずれも問題児などの立ち直りに大きな成果を挙げていると報道されていることから、新聞記者が見抜けなかった同学園の実態を同主事が見抜くことは不可能であったと主張するが、新聞記事だけではその取材の方法、範囲も明らかではないこと、及び前記認定した事情に照らし、一審被告の右主張は採用できない。」

10  同八三頁四行目の「原告」を「一審原告太郎」と改める。

11  同九二頁六行目の次に行を改め、次のとおり加える。「一審被告は、一郎を隔離しようとしたことはない、このことは問題生徒のグループのリーダー格の生徒については施設入所を勧めていないこと、吉川教諭が家出をした一郎を連れ戻したことがあったことから明らかであると主張するが、同グループのリーダー的存在であった丁川春男(証人吉川)の証言によれば、同人は、中学校一年生のとき施設入所を勧められて断った事実が認められ、また吉川教諭が一郎らの立ち直りに尽力していたことと学校から隔離することとは必ずしも矛盾するものではないから一審被告の右主張は採用しない。」

12  同九三頁末行の次に行を改め、次のとおり加える。「一審被告は、一郎に非行があり、就学に必要なしつけ、情緒が欠落し、一審原告太郎は、その現状から監護の限界を感じ、親権者の監護権の行使として風の子学園入園を決定したのであって、教育関係者らが入園を容認したのではない旨主張し、たしかに前記認定のとおり、一郎には非行があり、一審原告らはその立ち直りに苦慮していたこと、そのため、入園を決定したことは認められる。

しかし、前示のとおり、入園の決定に当たっては、門田指導主事らの紹介の方法、入園中の一郎の出席扱いなどからして教育関係者らが入園を容認したと認めざるをえない。」

13  同九四頁九行目から一〇行目にかけての「死に至る」を「死に至らせる」と改める。

14  同九五頁一〇行目の次に行を改め、次のとおり加える。「一審被告は、一郎死亡の原因が、戊山の犯罪的性格が突然顕在化したためであって予見不可能であった、また、一郎入園後、戊山の療育方法に有効な部分があったと主張するが、同人が、風の子学園の前身、ふるさと自然の家においても入所者に対し暴行し、風の子学園において園生に対する体罰、絶食、断食などが日常的に行われていたことは前示のとおりであり、一郎が一時的に従順になったのは、監禁、断食などの体罰によるものと推認されるから、戊山の右療育方法を有効なものと評価することはできず、したがってまた一郎の死亡原因が戊山の犯罪的性格が突然顕在化したことによるということもできないから、右主張は採用しない。

また、一審被告は、前記六月二〇日戊山が吉川教諭らに一郎との面会を拒否したが、一審原告太郎が面会を締めたのは一郎の変化をみて同人が戊山を信頼したからであって、これを危険の予兆とみるべきではないと主張するが、父親や教諭らが面会を求めて訪れたにもかかわらず内観治療中としてそれを拒否するだけの必要性は認め難く、教育者としての吉川教諭らが風の子学園の私塾としての相当性に疑問をもち、さらに調査をするきっかけにすべきであった。」

15  同一〇〇頁二行目の次に行を改め、次のとおり加える。「一審被告は、一審原告太郎が喝破道場の住職からの電話があったにもかかわらず、自ら調査せず、吉川教諭に調査を依頼し、右電話の五日後の七月一三日ないし一四日に自分の目で確かめると述べるなど余裕のある行動をとったから、教育関係者は、一郎の安全について危険予知の可能性がなかったと主張するが、同一審原告の右行動は、後記のとおり、愛護センター、丙川中学の教育関係者らが、風の子学園を評価していたことにも原因があるといえるから、右事情をもって直ちに予見可能性がなかったとはいえない。

また、一審被告は、一審原告太郎が、一郎が手足を鎖でつながれたりしたことを訴えたと主張しながら、直ちに連れ帰るなどの行動を起こさなかったことをもって、不自然であり、その供述は信用できないと主張するが、同人の供述によると、同人は戊山に内緒で七月二八日の退園日を決めていたことが認められ、これに照らすと、同一審原告が直ちに連れ帰らなかったことをもって同人の供述が全て信用できないとまでいうことはできない。

さらに、一審被告は、七月二一日坂口校長らが一郎の退園延期を画策した事実はないと主張し、坂口校長及び吉川教諭の各証言にはこれに沿う部分があるが、これに反する一審原告太郎の供述に照らし信用できない。

なお、一審被告は、一郎の安全に関する危険な予兆などがあったとしても、一審原告らが真摯に一郎の退園をはかっていれば、いつでも容易に退園させることが可能であったから、門田指導主事らの行為と一郎の死亡との間には因果関係はないと主張するが、前示のとおり、一審原告太郎は、風の子学園が愛護センターからの紹介であることから、危機感をもつに至らなかったものであり、その対応は、後記のとおり、損害額の算定に当たり考慮すべきではあるが、右一審原告らの対応をもって門田指導主事らの行為と一郎死亡との因果関係を否定することはできない。」

16  同一〇〇頁一二行目の「他方」から同一〇一頁三行目までを次のとおり改める。

「他方、一審原告らにおいても、風の子学園での処遇に注意をし、喝破道場などからの情報については、教育関係者らに報告するだけではなく、自ら調査をし、退園のためにより実効的な行動をおこすべきであったのにこれをしていないこと、一郎が炎熱下施錠されたコンテナに監禁されていることを知った後も、一郎の死の危険性を予期しなかったことに鑑みると、一審原告らが賠償を求め得る損害については、過失相殺の法理に基づき制限するのを相当とする。」

17  同一〇一頁七行目の「各三〇〇万円」の次に「(うち承継分として各二五〇万円、一審原告ら個人の分として各五〇万円)」を加える。

18  同一〇一頁九行目の次に行を改め、次のとおり加える。「一審原告らは、一郎の風の子学園入園は、一審被告の学校教育活動として決定されたものであり、門田指導主事らは一郎の同学園入園中の生活全般にわたり一郎を学校で教育する場合と同じ高度の安全配慮義務があるから、仮に親権者である一審原告らに安全配慮義務があるとしても、その減額の程度はわずかにとどめるべきであると主張するが、一郎の同学園入園が一審被告の学校教育活動の一環としてなされたとの一審原告らの右主張が採用できないことは前示のとおりであり、本件全証拠によるもその減額の程度を更に減ずる事情を認めることはできない。」

二  よって、一審原告らの本訴請求は、原判決認容の限度で認容すべきであって、その余は棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であって、一審被告及び一審原告らの本件各控訴は理由がないからいずれもこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 武田多喜子 裁判官 正木きよみ 横山光雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例